カテゴリー別アーカイブ: 書道家

再注目されている書家・井上有一

生誕100年を前に書家・井上有一が再注目されています。

井上有一は、小中学校の教師として勤めるかたわら、創作活動を行い、書の道を追求。
書をアート的に表現する書家として活躍しました。

前衛的で生命感あふれる作風は国際的にも高く評価されています。
紙をはみ出して書かれる豪快な一字書や宮沢賢治の作品を基にした多文字書からは、命を削る
ようにして制作に打ち込んだ作家の気迫が伝わってきます。

現在、東京で井上有一の展覧会が開催されています。
足を運んでみられてはいかがでしょうか?

遠くて近い井上有一 展

公益財団法人 菊池美術財団 / 菊池寛実記念 智美術館
〒105-0001 東京都港区虎ノ門 4-1-35 西久保ビル
TEL:03-5733-5131

会期 2015年4月4日(土)~ 7月26日(日)
休館日 毎週月曜日(ただし5/4、7/20は開館)、5/7(木)、7/21(火)
開館時間 11:00~18:00  ※入館は17:30までになります
観覧料 一般1,000円、大学生800円、小・中・高生500円
※未就学児は無料
※障害者手帳をご提示の方、およびその介護者1名は無料となります。
主催 公益財団法人 菊池美術財団、日本経済新聞社
協力 ウナック トウキョウ
井上有一

書道用品専門店 大阪教材社
盛喜 一輝 KAZUTERU MORIKI
〒599-8272
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なぜ米山の書はよいのか?

なぜ米山の書はよいのか?

それは時代の流行に逆らって、ただひたすら自分のやり方を通したからかもしれません。
米山は王羲之から趙孟頫、細井広沢の書法を学びました。
かなは「高野切第二種」を愛好したようです。

法帖を庄屋から何か月も借り、必死で学びます。
そして60歳を迎える頃には、誰の書とも違う米山の書になったのです。
亡くなるまで向上心を持ち続け、よいものを求め続けた人。
よいものは求め続ける人にのみ与えられるものですね。

米山の書の特徴は、書風は豪気大胆、天衣無縫で破格の極めて個性的であり、
近代書の先駆けともされています。

米山の肉筆は入手しにくいのですが、拓本は肉筆に迫るものがあります。
楷書・行書・草書たくさん残っています。

彼の日記には「酒を飲まぬと、筆をとること難し」とあります。
酒呑みで、散々呑んだ後に書を書いていたようです。

酒に酔うことで理性や常識を捨てて書くためだったのかもしれません。

書道家 三輪田米山
号は米山、得正軒主人
日尾八幡神社(愛媛県)生
三輪田米山

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~書道ライフを快適・豊かに~

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熊谷守一の言葉

心に残る熊谷守一の言葉を集めてみました。

川には川に合った生き物が住む。
上流には上流の生き物がいる。
自分の分際を忘れるより、自分の分際を守って生きた方が、世の中によいとわたしは思うのです。
「蒼蝿 1976年」

色は何が上品かと言うと、白と黒ですからね。
だって、白は誰が描こうたって描けやしないです。白が一番です。
「岐阜日日新聞 1978年10月2日」

うまく書こうとすればうまく書けない、うまく書こうと思わなければ少しはうまくできる、というぐらいの意味なんでしょうかね。
うまく書こうと思ったことはないが、うまくいくこともあり、うまくいかないこともあるんですよ。
「へたも絵のうち」ってわたしがいったのは、へたでも、うまくても、絵は絵だっていうことで、いい絵か悪い絵かは、見る人が見ればわかるんじゃないんですか。自分でうまくできたと思っていても、あとになってみると、なんとへたなんだろうなと思うことがなんどもあって困りました。
「守一 九十六才 1975年」
熊谷守一
無一物 熊谷守一の書