月別アーカイブ: 2014年3月

書家・藤原佐理ってどんな人?

小野道風・藤原行成とともに三跡の一人として、早くから草書の第一人者としての評価が高かった藤原佐理。
流麗で躍動感のある筆跡は「佐跡」と呼ばれました。

名門藤原家に生まれた佐理はずっと小野道風にあこがれていましたが、佐理が23歳のときに尊敬していた小野道風が亡くなってしまいます。
佐理は目標を失って落ち込みますが、血筋も手伝って出世は早かったようです。

出世が早く、書道の腕前でも有名だった藤原佐理でしたが、1つ問題がありました。

それは、、、まわりからの評価が最悪だったんです^_^;

「大鏡」によると、ものぐさで怠け者、酒飲みのぐうたらと辛辣な評価。

藤原佐理の書は、「離洛帖」などいくつか残っていますが、そのどれもが「大鏡」の評価を反映するかのように過ちや失敗に対する詫び状ばかり残っています。
詫び状以外にもあるはずなのですが、実物が残っているのは「詫び状」ばかり。・

お詫びや言い訳を流れるような筆さばきで書き残しているところが何とも面白いですね。
人間的には味わい深くて面白いキャラクターの持ち主だったのかもしれません。

藤原佐理

この文章を読んだ後にこの画を見ると、そのような感じの人に見えてきませんか?^_^



手鑑とは?

手鑑って読み方難しいですね。
「てかがみ」と読みます。

手鑑とは、誰でも手本にすることが出来る優れた筆跡を集めたものです。

文字を書くのが上手な人を手筋が良いなどと評価しますが、「手」は筆跡のことです。
「鑑」は顔を映す「鏡」のことであり、手本・模範といった意味にもつながります。

手鑑の大きさは大小さまざまで折帖になっており、表・裏の両面に古人の筆跡が貼り込まれています。
手鑑
出光美術館

いつ頃から手鑑がはじまったかは定かではありませんが、桃山時代にはすでに存在していました。
当時の手鑑は、現在のものと少し違いがあり、自分の好みの筆跡を自由にペタペタ貼り付けて鑑賞していたようです。
江戸時代に入ると、貼り込む筆跡の種類や序列に一定のルールが出来ました。

まず、表には奈良時代の聖武天皇にはじまる代々の天皇、皇族、摂政、関白という順に筆跡が並びます。
裏は聖徳太子にはじまり、藤原鎌足、菅原道真、弘法大師などの高僧、女流歌人、武家と続きます。

手鑑によって多少の違いはありますが、概ねこのような配列であったようです。
筆跡の種類は、漢字、かながあり、内容は漢詩集、歌集、物語から写経、色紙、短冊と多岐に及びます。



書道用紙をより良く使う方法

時間をおいて使用する

紙の種類によりますが、書道に使用する手漉きの紙は寝かせてから使った方が良いとされています。
長くねかせた場合、加工紙や機械漉きは要注意です。
加工紙は堅くなったり折れやすくなることがあり、機械漉きはパリパリになることがあります。

時間をおくことによって、にじみ具合や墨のノリがよくなります。
このような紙を「枯れた紙」と言います。

ねかせる期間は、最低1~2年。
保存状態がよければ5~10年置くとさらに良いようです。
書道家さんによっては20年くらいが使い頃だと言う方もいます。

なぜ時間を置いた方が良いか理由は諸説ありますが、

・無駄な湿気が紙から抜けることで紙の繊維が切れ、それによって美しいにじみがでるのではないか
・原料の稲ワラからでる微量の膠が全体に広がって、無駄なにじみを防いでいるのではないか

などなど、いずれも科学的な根拠はありませんが、時間をおいて使った方がよいのは確かです。

紙の保管方法は?

但し、単に時間をおけばよいということではなく、保管方法が重要です。
いかに湿気を防ぐか。

一度湿ってしまうと、墨をのせたときに白く浮き上がることがあります。
これを「紙がカゼをひいた」といいます。
この状態になってしまうと、残念ながら乾かしても元には戻りません。

保管のポイント
・風通しの良いところに保管
・購入年月日を書いて保管
・ビニール袋には入れず、紙の包みでくるむ。
・桐ダンスに入れるのがベスト
・防虫剤で虫くい予防。洋服用の防虫剤でOKです。

以上、書道用紙をより良くお使いいただく方法を書かせていただきました。
画仙紙



書家 文徴明という人

文徴明が生きた時代は日本で言えば、8代足利義政の時代から13代足利義輝の時代まで。

当時生活していた蘇州は経済的に潤っており、文芸方面でも豊か、いわゆる文人というタイプの人物が多数排出されていました。

この頃、この地域の代表的な存在が文徴明です。
詩人、書家、画家という限定された専門家ではなく、詩文も出来て書もかけ、画も巧みであるという三絶。

文徴明は若い頃は書が下手であったようですが、絶え間ない努力の結果、習熟と作意によって大成した書家です。

董其昌は、文徴明の書に対して、
習熟によってえた作意の書は十分に表現することができたが、卒意の書の域までに達し得なかったことが面白みに欠けていると評価していました。
芸術書というよりは、実用書としての最高峰を極めた人と言えると思います。

文徴明の作書態度は、どんなときでも書をいい加減に書くということはなかったそうです。
人に送る手紙でも、少しでも気に入らない字があれば、何度でも書きなおすことをいとわなかった実直な人でした。文徴明の書