烏丸光廣の書の魅力〜「型にはまらない」美しさの正体〜
書道を続けていて、整ったお手本通りに書くことへ少し息苦しさを感じたことはありますか?
そんなとき、ぜひ出会ってほしいのが江戸時代初期の公卿・烏丸光廣(からすまる みつひろ)の書です。
教科書的な「きれいな美しさ」とは、あきらかに一線を画す。だけど、一度目にすると目が離せない——。今回は、知れば知るほど癖になる烏丸光廣の書の魅力とその深みに迫ります。
烏丸光廣(からすまるみつひろ)とはどんな人物か
烏丸光廣は天正7年(1579年)、准大臣・烏丸光宣の長男として生まれました。江戸時代前期の公卿であり、歌人、そして当代きっての能書家(書の名人)です。
歌道においては細川幽斎(藤孝)から古今伝授を受け、二条派の歌学を究めた人物として知られます。のちには徳川幕府の二代将軍・秀忠や三代将軍・家光の歌道指南役(あるいは歌道の師)のような立ち位置として重用され、朝廷と幕府をつなぐ重要な和歌の交渉役としても活躍しました。
しかし、単なる「お公家さんの文化人」でおさまらないのが光廣のおもしろいところ。
若い頃には宮中のスキャンダルである「猪熊事件(慶長14年)」に巻き込まれ、一時幕府から蟄居(ちっきょ)を命じられるという波乱の憂き目にも遭っています。こうした山あり谷ありの振れ幅の大きい人生を歩んだからこそ、あの型破りで自由闊達な書が生まれたのかもしれません。
「寛永の三筆」に匹敵しながら、異彩を放つ理由
書道好きなら「寛永の三筆」という言葉はおなじみでしょう。本阿弥光悦・近衛信尹・松花堂昭乗の3人です。烏丸光廣はこの三筆と同時代を生き、彼らと並び称されるほどの実力者でした。
ですが、おもしろいことに烏丸光廣の書は三筆ほど「後世で大流行」はしませんでした。
なぜか? 一言で言えば「手本になりにくかったから」です。
形が捉えにくい。真似しようにも、どこをどう真似すればいいのか見当がつかない。ある種、再現不能な領域にいたわけです。でも、この「真似できなさ」こそが、烏丸光廣の書の一番のツボであり、最大の魅力なのではないでしょうか。
型を渡り歩いた末にたどり着いた「光廣流」
烏丸光廣の書風は、時代とともに大きく変化しています。初めは伝統的な「持明院流」に学び、やがてダイナミックな「定家流」、さらに「光悦流」などの影響を受けながら、最終的に独自の「光廣流」とも言える境地へたどり着きました。
多才でとにかく器用な人だったため、時には定家風に、時には光悦風にと書き分けることもできました。けれど、特定の流派にどっぷり染まりきってしまうことは決してありませんでした。
根っこには、いつも「烏丸光廣」という個性がどっしり座っている。
「器用貧乏」なんて言葉がありますが、烏丸光廣の場合はまさにその逆。あちこちの型を渡り歩いて徹底的に自分の血肉にしたからこそ、その書風には圧倒的な厚みと奥行きが生まれたのです。
俵屋宗達との共演に見る「空間」と「余白」の美学
烏丸光廣の書の魅力を語るうえで絶対にはずせないのが、稀代の絵師・俵屋宗達(たわらや そうたつ)との合作です。
例えば、京都・頂妙寺に伝わる名品『牛図』(重要文化財)。宗達が水墨の重厚なタッチで描いたどっしりとした牛の体に、烏丸光廣が自身の和歌(賛)を書き添えています。
これが、本気で凄まじい。
宗達が描く牛の強烈な存在感や重量感に対して、烏丸光廣の書がまったく負けていないのです。負けていないどころか、文字が画面の中で軽やかに躍動し、絵とみごとに拮抗しています。
また、相国寺(承天閣美術館)所蔵の『蔦の細道図屏風』でもその空間感覚は際立っています。豪華な金箔の画面に対して、余白をまるで「最初からそこに文字が在るべきだった」かのような必然性をもって満たしていく。
一枚の紙、六曲一双の屏風。文字を「書く」のではなく、空間全体をどう生かすか——。そうした視点で見ると、烏丸光廣の書は平面を飛び越えて、ぐっと立体的に立ち現れてきます。
実は「古筆鑑定」の目利きでもあった
もうひとつ、意外と知られていないのが、光廣が古筆(平安・鎌倉時代の優れた筆跡)の鑑定眼に極めて優れていたという事実です。
古筆鑑定を代々家業とした「古筆家」の初代・古筆了佐(こひつ りょうさ)が、後水尾天皇から「古筆」の姓を賜った際、その裏で強く推薦・口添えをしたのが烏丸光廣だったと伝えられています。
つまり烏丸光廣は、自ら筆を振るうプレイヤーであったと同時に、歴史的な名書を見極める超一流の「目利き(鑑識眼)」でもあったわけです。
だからこそ、彼の描くあの変幻自在な運筆は、決してただの「雑な崩し」や「気まぐれ」ではありません。古典の骨格と美の本質を熟知したうえでの、確かな審美眼に裏打ちされた自由さだったのだと納得させられます。
現代の書道愛好家へ——真似できない書から学べること
正直なところ、烏丸光廣の書は臨書(お手本を真似て書くこと)しようとするとかなり厄介です。明確なグリッドや型が見えにくいので、初学者向けの教材にはまず向きません。
でも、それでいいのです。むしろそこにこそ、令和のいま烏丸光廣を見る価値があります。
「型」を徹底的に究めた先にしか、型を脱ぎ捨てる自由は存在しない。烏丸光廣の書は、その「自由の境地」がどんな景色をしているのかを、時を超えて私たちに見せてくれます。確かな修練を積んだうえでの奔放さは、自己満足の自己流とはまるで違う説得力を放っています。
もし今、あなたの書道が「正しくきれいに書く」だけの作業になって息苦しさを感じているなら、ぜひ一度、烏丸光廣の作品に触れてみてください。
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「烏丸光廣」2023年4月21日
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