張瑞図(ちょうずいと)の魅力とは?癖が強すぎて中毒になる明末の異端児
書道を続けていると、ふと「王羲之もいいけど、他におもしろい書はないかな」なんて思うことはありませんか?
そんな人にぜひ知ってほしい書家がいます。明末の異端児、張瑞図(ちょう ずいと)です。
一度見たら忘れられない、毒とキレのある書風。個性が光る書道の世界へ、ちょっと足を踏み入れてみませんか。
農家の息子から政界のトップへ!波乱万丈すぎる前半生
張瑞図は1570年、福建省泉州の貧しい農家に生まれました。いわゆる「世襲のエリート」ではありません。泥くさいたたき上げです。
ところが38歳のとき、難関中の難関である官吏登用試験「進士」に合格。そこから破竹の勢いで出世街道を駆け上がり、最終的には「中極殿大学士兼吏部尚書」という、内閣のトップクラスにまで上り詰めました。田舎の農家出身としては、当時ではあり得ないレベルの大バクチ成功劇です。
悪名高き宦官との「黒い噂」と、一瞬での転落
ただし、この輝かしい出世には、かなりドロドロした人間ドラマがありました。
当時、絶大な権力を握っていた悪名高き宦官・魏忠賢(ぎちゅうけん)にすり寄っていました。
魏忠賢といえば、明を滅亡に導いた元凶とも言われる人物。彼の威光を背に受けての出世でした。
しかし、その栄華は長く続きません。魏忠賢が政争に敗れて自殺すると、張瑞図の運命も暗転します。魏忠賢を称えるお堂を建てていたことまで発覚し、官職をすべて奪われ、一気に平民へと叩き落とされました。
政界のトップから一転、犯罪者扱いです。政治家としては完全に「詰み」の状態です。
書の特徴:紙をカミソリで切りつけるような「鋭利な線」
政治家としては失脚した張瑞図ですが、ここからが彼の真骨頂です。故郷へ引っ込み、酒を飲み、禅に傾倒しながら書に没頭していきました。
そうして生まれたのが、あまりにも「尖りすぎた」独自の書風です。
・王羲之のゆったりした美学へのアンチテーゼ
・カミソリで紙を切りつけるような、鋭く攻撃的なタッチ
・ガタガタと激しく揺れる独特のリズム
初めて彼の書を見た人は、おそらく独特の書風に二度見します。ふっくらとした優美な線とは真逆。まるで刃物を紙の上で滑らせているような、ひりひりとした緊張感が走っているのです。
折れ曲がる横画と、狭すぎる「文字の懐」
具体的にどこが怪しい魅力なのかというと、横画(よこかく)の動きです。
右へ進む線が、まるで振り子のようにガクガクと折れ曲がりながら下へ続いていく。文字のスペース(懐)をきゅっと狭く絞り込む一方で、行と行の間はゆったり開ける。
暴れ馬を力ずくでねじ伏せるような、強烈な筆力です。
この唯一無二のスタイルは高く評価され、彼は邢侗(けいどう)・米万鍾(べいばんしょう)・董其昌(とうきしょう)と並び、「明末の四大家」の一人に数えられました。政治的にはいろいろあったけれど、書の腕前に関しては尊敬を集めた人でした。
なぜ今、日本で張瑞図が再評価されているのか?
実は張瑞図、本国中国よりも、むしろ日本で古くから愛されてきた書家でもあります。
江戸時代、黄檗宗(おうばくしゅう)のお坊さんたちが日本に彼の作品を持ち込んだのがきっかけです。当時流行していた「唐様(からよう)」の筆法とマッチし、日本の文人たちを熱狂させました。
さらに面白いのが、彼の号(ペンネーム)である「二水」にまつわる都市伝説。
「二水先生は水星の生まれ変わりだから、この掛け軸を家に飾っておくと火事にならない」という噂が本気で信じられ、火除けのお札代わりに買い求められたのだとか。もはやアイドルか神様扱いです。
まとめ:綺麗すぎる字に飽きたら、張瑞図の「毒」を臨書してみよう
王道の書を臨書するのは大切な練習ですが、そればかりでは面白くないと感じることがあるかもしれません。そんなとき張瑞図を臨書すると、自分の文字にガツンといい意味での「毒」や「切れ味」が注入される感覚を味わえます。
綺麗に書こうとしなくて大丈夫。たまにはカミソリみたいな線で、思い切り紙をえぐってみませんか?案外、この癖の強さが病みつきになるかもしれません。
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