香紙切の魅力とは?平安の香り漂う古筆切に迫る
書道を続けていると、ある日ふっと「え、これ一体誰が書いたの?」なんて、時空を超えて心が持っていかれる古筆に出会うことがあります。
「香紙切(こうしぎれ)」は、まさにそんな存在。
名前からして、どこか凛とした色気が漂っていませんか?今回は、かな書道を愛する人なら一度は惹かれるこの「香紙切」の魅力を、じっくりと掘り下げてみます。
香紙切(こうしぎれ)とは何か?基本を押さえる
まずは基礎知識から。
香紙切は、平安時代後期──およそ11世紀末から12世紀初め頃に書かれたとされる「古筆切(こひつぎれ)」の名品です。
もともとは『麗華集(れいかしゅう)』という歌集を美しく書き写した、一冊の「冊子本(本のかたち)」でした。ところが残念なことに、完璧な形のまま現代には残らなかった。後世の人々によって、一枚一枚バラバラに切り分けられてしまったんです。
これが「古筆切」と呼ばれる所以(ゆえん)。
切り取られた紙片は、掛軸に立てられたり、アルバムのような「手鑑(てかがみ)」に貼られたりして、茶席や鑑賞の場で大切に愛でられてきました。切られてしまった切なさもあるけれど、だからこそ今、私たちの目に触れていると思うと……うーん、歴史の巡り合わせって不思議なものですね。
「香」の一文字に隠された、平安貴族の知恵と美学
それにしても、「香紙切」というネーミング。すごく素敵だと思いませんか?
実はこれ、ただの雰囲気でついた名前じゃありません。本当に“香り”が関係しているんです。
丁子染め(ちょうじぞめ)による防虫と芳香
この古筆に使われている料紙(書写する紙)は、丁子(ちょうじ=クローブ)を煮出した汁で染め上げられています。
なぜそんな手間をかけたのか?
答えは、実に実用的。「防虫効果」のためです。
でも、そこだけで終わらないのが平安人の粋なところ。虫を払いながら、同時に紙へ「ほのかな芳香」を仕込んだというわけです。
数百年、千年の時を経て経年変化し、今の紙色は落ち着いた淡い香色(こういろ)に変化しています。けれど書かれた当時は、巻物を開いた瞬間に、部屋いっぱいにエキゾチックで甘く爽やかな香りが広がっていたはず。
実用と美意識が完全に溶け合っている。なんとも贅沢な発想です。
書き手は誰か?「伝小大君」をめぐるロマンと謎
古筆の世界では「誰が書いたか」というミステリーが付きまといます。香紙切も例漏れず、謎に包まれています。
三十六歌仙の一人・小大君(こおおいぎみ)
伝承では、三十六歌仙の一人である女流歌人、小大君(こおおいぎみ)の筆とされてきました。石清水八幡宮の別当の娘で、三条天皇の皇子たちにも仕えたとされる高貴な女性です。
ですが、ぶっちゃけてしまうと、これはあくまで「伝(〜と伝えられている)」の域を出ません。確証はどこにもないのが本音です。
藤原公任説と「伝公任切」の存在
実は、同じ『麗華集』の断簡(切り分けられた紙)でありながら、古くから藤原公任(ふじわらのきんとう)の筆と伝えられてきた「伝公任切(でんきんとうぎれ)」と呼ばれるグループも存在します。筆跡や紙の仕上がりから見ても、これらはほぼ同じ原本から分かれた「同本」だと考えられています。
さらに近年では研究が進み、「いやいや、筆跡を細かく分析すると5つくらいのグループに分かれるぞ。つまり複数人の手で書かれたのでは?」という説まで出てくる始末。
「本当は誰が書いたんだろう?」
そうやって頭を抱えるモヤモヤ感すら、古筆ファンにとっては最高のロマン。正解が分からないからこそ、あれこれ妄想するのが楽しくなってくるのです。
線質のキレと躍動感!香紙切の書風と見どころ
香紙切の書風を一言で表現するなら、「洒脱(しゃだつ)で奔放」。
細い線なのに、ぜんぜん弱々しくない。むしろスパッと切り込むような鋭さと力強さがあります。
自由自在な「連綿(れんめん)」の美
香紙切の最大の魅力は、なんといっても文字と文字が流れるようにつながる「連綿体」の美しさです。
長鋒(穂先が長い筆)を縦横無尽に操り、紙の上を踊るように走る筆筋。文字の大小、線の太細がめまぐるしく変化し、まるで音楽の旋律を聴いているかのようなグルーヴ感があります。
同じ小大君筆と伝わる「御蔵切(みくらぎれ)」がおっとりとした上品さを持っているのに対し、香紙切はどこか攻撃的でダイナミック。女性らしいしなやかさと、ハッとするほど大胆な強さが同居している点が、見る者を惹きつけてやみません。
書道教室で臨書(手本を見て書くこと)の手本として選ばれることが多いのも納得です。あのスピード感とキレは、書いていて本当に気持ちが良いですからね。
今、香紙切はどこで見られるのか?
「実物を見てみたい!」と思っても、香紙切は完本ではないため、全国に散らばっています。
現在確認されているのは約90葉ほど。
主に以下のような美術館や博物館に分蔵されています。
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東京国立博物館
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五島美術館
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根津美術館
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畠山記念館(現:細見美術館等での委託・特別展など)
このほか、個人コレクターが蔵しているものも多く、一度にまとめて鑑賞できる機会はかなりレアです。だからこそ、特別展の出陳リストに「香紙切」の文字を見つけたときは千載一遇のチャンス!速攻でスケジュール帳を埋めることをおすすめします。
まとめ:千年の時を超える「香り」と「筆の走り」
香紙切は、
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丁子染めという「香り」の仕掛け
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小大君や公任らをめぐる「書き手の謎」
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鋭く躍動する「連綿の美しさ」
という、古筆の面白さをこれでもかと詰め込んだ至高の一枚です。
臨書の手本として香紙切の鋭い線に挑んでみるのもいいし、いつか展覧会でガラス越しにじっくり眺め、「平安の書家はどんなリズムで息を吐きながらこれを書いたのかな」と想いを馳せるのもよいでしょう。
次に書道用具店や美術館で「香紙切」の名を見かけたら、ぜひその奥に広がる千年前の空気に耳を澄ませてみてください。きっと、いつもの書道がもっと楽しくなるはずです。
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