米芾の書の魅力ー「型破り」がなぜこんなに美しいのか
書道を続けていると、ふと壁にぶつかる瞬間がありませんか?
「お手本通り、寸分違わず書いているはずなのに……なんだか息苦しい」と。
もし今、そんなモヤモヤを抱えているなら、ぜひ知ってほしい書家がいます。
北宋の異端児、米芾(べいふつ)です。
彼の書は、端的に言って「型破り」。けれど、ただの好き勝手じゃありません。その崩し方の裏には、鳥肌が立つような計算と美学が隠されています。今回は、書道ファンを魅了してやまない米芾の深みへ、一歩踏み込んでみましょう。
米芾ってどんな人?愛すべき「石好き」の書道オタク
米芾は1051年生まれ、北宋時代を代表する書家・画家・文人です。
蘇軾(そしょく)、黄庭堅(こうていけん)、蔡襄(さいじょう)と並び、「宋の四大家」と称されました。
ただし、性格はかなり強烈でした。極度の潔癖症で知られ、変な形の巨石を見つけると、正装して「石兄(せけい)!」と呼びかけ、深々と拝礼したというドン引きレベルの逸話まで残っています。
当然、周囲からは「米顛(べいてん=米の狂人)」なんてあだ名で呼ばれていました。でも、この「常識?なにそれ?」と言わんばかりの常人ではない感性こそが、彼の書のエネルギー源だったのは間違いありません。
自ら名乗った「刷字」と、「尚意」の時代
「自分は字を刷(す)っている」という境地
米芾の筆致を語るうえで欠かせないのが「刷字(さつじ)」という言葉です。実はこれ、他人が評価したのではなく、米芾自身が自らの書風を称して放った言葉でした。
「昔の人は字を書(か)いたが、自分は字を刷(す)っている」
まるで刷毛でサッと刷き出すように、スピード感とシャープな切れ味をもって書く。止めるところは鋭く止め、抜くところは迷いなくバサッと抜く。このスピードに乗った線のメリハリが、一目で米芾とわかる圧倒的な臨場感を生み出しています。
技巧を超える「尚意(しょうい)」の風
彼が生きた北宋の書壇では、「尚意」――つまり、唐代のような厳格なルールや技巧の正確さよりも、「書き手の意志や感情、個性を書に宿す」ことが尊ばれました。
米芾はその時代の申し子。感情の揺らぎをそのまま筆に流し込むからこそ、彼の線は1000年近く経った今でも、まるでさっき書かれたかのように生々しく躍動しているのです。
代表作に見る「破調」の美学
米芾の真骨頂を味わうなら、まずはこの2作でしょう。
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『蜀素帖(しょくそじょう)』
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『苕渓詩巻(ちょうけいしかん)』
特に、織り目の粗い絹地に書かれた『蜀素帖』は必見です。
字の大きさはバラバラ、右に左に傾き、墨の濃淡もめまぐるしく変わる。一文字だけを切り取って見れば、「えっ、バランス崩れてない?」と首をかしげたくなるような字も混ざっています。
ところが、巻物全体をサーッと引いて眺めた瞬間、奇跡のような調和が立ち現れる。「部分の破調と、全体の調和」。この絶妙な綱渡りこそ、米芾にしかできない神業なのです。
米芾から私たちが学べること
徹底的な「臨書」の果てにあった自由
「型破り」と聞くと、基礎を無視した自己流を想像するかもしれません。しかし、米芾は誰よりも古典を愛し、王羲之をはじめとする過去の名品を狂ったように臨書(模写)しまくった人物でした。
骨の髄まで型を染み込ませたからこそ、型を破っても美が壊れない。
基礎という頑丈な足場があるからこそ、あの自由な跳躍が可能だったのです。
崩しは「逃げ」ではない
「線がブレた」「形が崩れた」……自分の書に落ち込む必要はありません。米芾の作品は、その崩しこそが「唯一無二の味わい」になり得ることを教えてくれます。
もちろん「ただの雑な崩し」は単なる手抜きですが、「意図を持った崩し」は表現になります。型に縛られて手が動かなくなったとき、米芾の作品を開いてみてください。きっと「もっと自由に筆を走らせていいんだ」と、肩の荷がスッと降りるはずです。
まとめ:型を知り、いつか「自分」を書き跳ねるために
米芾の書は一見、自由奔放なパフォーマンスに見えます。
ですが、その背後には圧倒的な古典の蓄積と、揺るぎない美意識がドスッと鎮座しています。
もし次、臨書で行き詰まったら、ぜひ『蜀素帖』を引っ張り出してみてください。
「型を守る」段階から、「型を乗りこなす」楽しさへ。米芾の線は、私たちが書道とどう付き合っていくべきか、その答えを示してくれている気がします。
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