最澄の書

書道
投稿日:2021年8月3日
最澄の書

最澄の書

  1. 最澄とはどんな人?
  2. 最澄の書風
  3. 最澄の書作品

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最澄とはどんな人?

最澄(さいちょう 766-822年 神護景雲元年 – 弘仁13年)は、日本の仏教僧です。

出身地:近江国(滋賀県)滋賀郡古市郷
幼名:広野(ひろの)

12歳のときに出家して、法名・最澄となり、2年後近江国の僧・最寂が亡くなると得度しました。
788年比叡山寺を建立し、等身の薬師如来像をつくり安置します。
797年31歳で内供奉持念禅師になります。
804年、38歳のときに入唐し、翌年帰国します。

比叡山延暦寺を建て、日本の天台宗の開祖となりました。
866年に伝教大師(でんぎょうだいし)の諡号を授与されます。

最澄の書風

最澄の真跡とされる書の書風は、全て同じようで、王羲之の集王聖教序(集字聖教序)に似ています。
奈良時代は王羲之が流行しており、最澄自身も幼少期に王羲之の書を学んだと考えられます。

最澄の書は、軽妙な筆致の中に清らかな感性を備えています。

延暦23年(804年)38歳のときに入唐し、翌年、王羲之の十七帖・王献之・欧陽詢・褚遂良などの筆跡や法帖を持ち帰ったとされています。

最澄の書作品

最澄の真跡は、以下の通りです。

  • 天台法華宗年分縁起(てんだいほっけしゅうねんぶんえんぎ)
  • 久隔帖(きゅうかくじょう)
  • 羯磨金剛目録(かつまこんごうもくろく)
  • 請来目録(しょうらいもくろく)
  • 入唐牒(にゅうとうちょう)

最澄の久隔帖

久隔帖は、813年に京都の高雄山寺の空海のもとで修行している弟子泰範(たいはん)に宛てた手紙です。
空海から贈られた詩に対して和詩を返すにあたり、その詩序中の「一百廿禮仏并方圓圖并註義」という本の名に関して、おおよその趣旨などを教えてほしいと申し送っています。
また、追書に、最近「法花梵本一巻」を手に入れたので、空海に見ていただきたいと申し添えています。

泰範に宛てていますが、その内容から泰範を介して空海へ取り次ぎを依頼した手紙です。

最澄が47歳の頃の筆跡で、現存する最澄による唯一の手紙です。

その書風は、書聖と呼ばれる東晋の王羲之の「集字聖教序しゅうじしょうきょうのじょ」と似ており、王羲之の書法を模範としていたことがうかがえます。

また、その格調の高さと美しい筆致は最澄独自のもので、天台宗の開祖として知られる最澄の人となりを感じることができます。

ちなみに久隔帖の名は、手紙の書き出し「久隔清音・・・・・」をとったものです。

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